
「AIを使って、うちの製品の取扱説明書をパパッと自動作成できないの?」
最近、企業のDX担当者様や開発部門の方から、こんなご相談をよくいただきます。
確かに、ChatGPTなどの生成AIの進化を見ていると、誰でも簡単に文章が作れる時代になったように思えますよね。しかし、マニュアル制作という特殊な業界に身を置く私たちからすると、現実はそう単純ではありません。AIは「与えられた情報から綺麗な日本語を書く」ことは得意ですが、バラバラの仕様書から「製品全体の構造を把握し、ユーザーが迷わない目次構成を組み立てる」ことは非常に困難です。
本来、テクニカルライターはこの構成作業において、長年の経験に基づく「暗黙知」をフル稼働させています。開発者の専門用語だらけの仕様書から行間を読み解き、ユーザーの文脈に変換する技術。これは可視化や技術継承が難しく、どうしても特定のベテラン担当者に業務が集中してしまう「属人化」の温床となっていました。
例えば開発部門から渡された無機質な文字列の仕様書。
「電源ボタンのHold Time > 5sでペアリング待機状態へ遷移」
「UIフィードバック:LEDインジケータが青・赤の交互点滅」
機能としては正しくても、このままではマニュアルになりません。私たちテクニカルライターは、まずこの文字列から「初めてスマートフォンにイヤホンを繋ぐユーザー」を想像します。そして「ランプが青と赤に交互に点滅するまで、電源ボタンを5秒間長押しします」という血の通った行動指示へと「翻訳(ライティング)」しています。この「行間を読む」作業こそが、まさに先ほど触れたマニュアル制作の「暗黙知」であり、属人化の最たる原因なのです。
「この可視化しにくい暗黙知や構成スキルを、どうやってAIに落とし込み、マニュアル制作の属人化を解消すべきか」
それこそが、私たちが北海道大学の調和系工学研究室(川村教授、山下特任教授、横山助教らが率いるAI研究チーム)(http://harmo-lab.jp/)と、2023年から3年間にわたり取り組んできた共同研究のメインテーマです。今回のコラムでは先日開催された成果報告会の内容から、その具体的なアプローチをご紹介します。
調和系工学研究室の研究紹介
北海道大学大学院 情報科学研究院 情報理工学部門 複合情報工学分野
調和系工学研究室
横山 想一郎 助教
YAMAGATA-調和系工学研究室 共同研究報告
北海道大学大学院 情報科学院
調和系工学研究室
上前 諒輔 氏
共同研究の位置付けと今後の展開
北海道大学 情報基盤センター
山下 倫央 特任教授
北海道大学とYAMAGATA株式会社、「次世代マニュアル」の共同研究の契約を締結し、研究を開始

共同研究の1年目は、主に「文章作成」に焦点を当ててスタートしました。AIに「一文一義」や「二重否定の排除」といったテクニカルライティングのルールを設定し、既存の文章を可読性の高い状態へ自動修正する技術の検証です。
この取り組みにより、日本語としての「文章の最適化」には確かな手応えを得ることができました。しかし、実際の制作現場にAIを適応させようとすると、「ゼロから製品の構造を把握し、目次構成を組み立てる」「断片的な仕様書の文脈を補完する」という、より高い壁が立ちはだかりました。
この「行間を読む(=コンテキストを補完する)」という難題について、報告会では横山想一郎助教から「AIを使った俳句の読み解き」という大変興味深い研究が紹介されました。
ここでおそらく、「なぜマニュアル制作会社のYAMAGATAが、俳句のAI研究をしている北大の研究室と組んだの?」と疑問に思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
実は3年前、私たちが北大に共同研究をお願いしたきっかけが、まさにそこにありました。「技術者同士のコンテキストをエンドユーザーに届ける」という私たちの仕事と、「俳句の鑑賞」は、情報の伝達という点で同じ構造なのではないかと考えたのです。
俳句:詠み手は自身の感情や情景を、わずか「17音」に極度に圧縮します。そこには当時の風習や心情といった暗黙のコンテキストが凝縮されていて、それを読者が想像力で「展開」して味わいます。
マニュアル制作:開発者は膨大な技術情報を「仕様書」という形に圧縮します。そこには技術者同士でしか通じない暗黙の了解(コンテキスト)が詰まっており、一般ユーザーにとっては不要な情報が多かったり、必要な情報が難解な表現になっていたりします。これをライターが翻訳し、エンドユーザーが迷わず動ける行動指示へと「展開」して届けるわけです。
横山先生のチームが構築したシステムは、この「17音に圧縮された暗黙のコンテキストをAIが解凍・言語化し、見事な情景描写の解説文を自動生成する」というものでした。実際の愛媛県美術館(https://www.ehime-art.jp/lets)とのコラボレーションでは、来場者が美術作品を見て詠んだ抽象的な俳句に対し、AIがその背後にある感動や情景を見事に言語化し、展示の解説として活用されているそうです。

もちろん、仕様書と俳句をこんな風に重ね合わせているのは弊社の見立てです。しかし、「AIが俳句の情緒や背景を一般向けに的確に言語化できるなら、技術者の無機質な文字列からエンドユーザーの文脈に翻訳して届けることもできるはずだ」。私たちが共同研究のスタート時に立てたこの仮説が、実務に応用できる確かな技術として形になりつつあることを、改めて確認できたセッションでした。

この課題に3年間にわたり共同研究の実働を担ってきたのが、修士課程2年の上前諒輔氏です。報告会では、直前にハワイで開催された国際学会(ICICT 2026)(https://icict.org/)での発表を終えたばかりの最新成果を共有してくれました。現地では連日の暴風雨で「領事館から外出を控えるよう警報が出ました」という過酷なエピソードにオンライン越しで少し笑いが起きましたが、彼の研究は私たちの実務の悩みを直撃するものでした。
上前氏の研究は、未整理の情報源からユーザー目線のマニュアルを自動生成するため、AIに以下の4つのステップを順序立てて実行させる仕組みです。
情報の過不足の判定:仕様書を分析し、ユーザーに不要な内部仕様(ノイズ)を排除。同時に、マニュアルとして欠落している前提条件などを指摘する。
トピックの生成:「1つのトピックには1つの主題のみ」というルールで機能や作業ごとに情報を分割し、タイトルと本文を生成する。
目次の生成:生成されたトピック群を、ユーザーが製品を利用する際の認知プロセス(知る→準備する→使う→トラブル対処)に沿って論理的に階層化・順序付けする。
マニュアルへの統合:目次とトピックを合体させ、最終的なマニュアルとして出力する。
注目すべきは、このシステムで生成されたマニュアル構造の評価結果です。140名のマニュアル制作会社従業員と、8名のプロのテクニカルライターが評価を行った結果、多くの項目で5段階評価の「4」または「5」のスコアを記録しました。
「タイトルと内容が一致している」「目次の順序が論理的である」とプロから高く評価されました。もちろん完璧ではありませんが、ベテランライターの頭の中にしかなかった「情報設計の暗黙知」の大部分を、AIがかなりの精度で再現できることがデータによって裏付けられた意義は、非常に大きいと感じています。
報告会の後半では、この研究成果を実装した弊社のプロトタイプアプリ「マニュアルジェネレーター」のデモンストレーションを行いました。プロダクトの仕様書PDFを読み込ませると、AIが即座に不足情報(安全上の注意など)を補完し、ライティングルールに基づいた目次ツリーとトピック群を自動生成していく様子が紹介されました。
そして最後に、北海道大学 情報基盤センター特任教授の山下倫央先生から、マニュアルの未来像について語られました。
マニュアルは印刷の時代(第1世代)から、デジタル化(第2世代)、AI対話型(第3世代)へと進化してきました。ユーザーの質問データをマニュアル編集者にフィードバックし、マニュアル自体の改善に活かす「第4世代」を経て、山下先生はさらにその先の「第5世代」の未来を提示されました。それは、データの還流先をマニュアル編集者にとどめず、製品の設計者や開発者にまで拡張するというものです。
ユーザーが迷ったデータが開発に直接フィードバックされれば、次のモデルではUIが改善され、極論を言えば「マニュアルを必要としない製品」が生まれます。
マニュアル制作を生業とする私たちにとっては考えさせられるテーマですが、山下先生の「皆さんの仕事がなくなるわけではなく、文章を書くことから『知識が還流するアーキテクチャ全体をデザインすること』へと役割が進化するのです」という言葉に、深い納得を覚えました。これからのマニュアル担当者は単なるドキュメント作成者から、製品とユーザーを繋ぎ、製品自体をアップデートしていく「知識のハブ」へと進化していくフェーズに入りつつあるのです。

こうしたAIによるマニュアルの構造化技術を、実際のビジネス現場でどのように活用していくべきでしょうか。
全社の制作フローを一気にAI化することは、現場の混乱を招きやすく、経営層の承認を得るハードルも高くなります。弊社のコラムでも度々お伝えしている通り、新しい仕組みを定着させ、確実な費用対効果を示すための鉄則は「スモールスタート」です。
まずは「改訂頻度が特に高い製品」や「多言語展開の手間がかかっている1冊」など、効果が数字として表れやすいターゲットに絞り、AIによる構造化・目次案作成の支援を試験的に導入してみることをお勧めします。ゼロから構成を練る属人的な作業の土台をAIが担うだけでも、制作のリードタイムと担当者の負担は大幅に軽減されます。
YAMAGATAでは、長年のドキュメント制作の知見と、共同研究や様々なドキュメント制作でのAIを活用したメソッドを組み合わせ、お客様の現場に最もフィットした実務で使えるDXをご提案いたします。
「自社の特殊な仕様書でも、AIはうまく構成を作れるのか?」
「まずは小さな範囲で実証実験(PoC)をしてみたい」
具体的なご依頼が決まっていなくても問題ありません。現在の制作フローにおける課題の整理や、社内提案に向けたロードマップ作りから、ぜひ私たちにご相談ください。